人気ブログランキング | 話題のタグを見る

HOME ⑦

こんばんは~
HOME ⑦と⑧をUPします。
私はWORDで書いているのですが、この7と8で17ページくらいあるんですよね。
多分7が長いんだと思う。
でも入っちゃったのでこのままにしておきます。
大体7ページくらいで納めると携帯のフォントを変えなくても読めるみたいなんですが。
これはまた極小フォントかな?すみません。
さて・・・7話からは「承」のはじまりです。多分次回のUPで「承」が終わると思います。
読んだあと、いったい皆さんがどんなふうに思われるのか?怖いような・・・
とにかく、このHOME 最終話まで読んでいただきたいわ・・・

リアルじゅえる先生の「a desire in the desert 4 & 5」の告知記事が↓に下がってしまいましたが我が家にリンクしてあります。ぜひどうぞ!「Love Labyrinth」です。





HOME 第7話


あと二週間で彼との生活も終わりになると思ったとき、私は今まで、彼と二人でどこにも出かけず、ただ家で仕事をし、彼の帰りを待ち続けた日々なのにいまさらながら気づいた。

それを思うと、やはり私と彼のつきあいは恋人同士のつきあいではないように思う。
もし、彼が本当の恋人なら、私はわくわくしながら彼と出かけ、彼の言う言葉やちょっとしたしぐさにまで気を配り、彼の私への気持ちが変わらずにいるのかどうか常にアンテナを張っていたと思う。

写真家の彼は不思議なくらい最初から構えたところがなかった。
私の張っていたバリアを受け入れていながら、今はそんな気構えさえも私から取り払ってしまっている。
期間限定の恋・・・という不思議な始まり・・・そのせいだったけれど、仕事の量を調整することもなく、私も彼もマイペースでいつもの生活を営むことができた。

でもさすがにあと二週間となった時に、私は急に思い出したように彼との別れの日までなるべく彼と話をするように心がけた。
実際のところは、私の仕事が相変わらず忙しく、彼が日本での仕事の締めくくりで最近はH出版に出向くことが多くなり、比較的自由な時間のある彼の方が私に合わせてくれたのだけれど。

三ヶ月の楽しい日々をくれた彼との正しい別れ方・・・

私は彼との別れに特別な何かを考えようとはしていなかったが、彼の仕事、日本での仕事の話を聞きたいと思った。
どちらかと言うと彼は自分から話すということはなく、まして忙しい私の仕事を邪魔をしないように気を遣っていたために結局はそれを聞く時間もなく、彼が日本でどんな写真を撮ったのかが気になっていた。

彼は10月に入ると撮影をほぼ終えてH出版の村井さんのところに毎日のように出向いて摂り溜めたものをチェックしているようだった。
例えば、異国の撮影場所から画像を送信する必要がある場合は常にデジタルで撮る必要があるようだったが、今回は日本で撮影し、H出版という近場に現像できる場所があることで彼はフィルムに拘って撮っていると言っていた。

彼は先輩の形見だというローライフレックスやニコンの銀塩フィルムのカメラを常に持ち込んで被写体を写していたらしい。
今更だったが、H出版ではじめて写真集を出す企画が持ち上がったときに、担当の村井さんはずっと注目していたLBHという写真家に迷わずオファーを出し、彼もいくつかの条件をH出版に提示して今回の仕事となったことを知った。


それは、自分が異国の地を撮るときは時間がかかってしまうということ。
あらゆるところを足を棒にしてまわって何度も撮るまで満足できないということだった。
たまに写真家としてすばらしいインスピレーションを感じてあっという間に撮ることもあると言っていたが依頼があったときはとにかく時間をもらうことが必須条件だと言っていた。
そして彼はH出版の締め切りぎりぎりまで時間をもらい、早々に日本に来たのだと言う。
そして本来はデジカメよりもフィルムで撮ることに拘っているということも、今回の仕事を引き受けた理由のひとつだと言った。

「何度も撮りなおしが利くデジタルより、フィルムで捉える一瞬の緊張がなんとも言えない」
彼はそう言って私にこの三ヶ月で撮り貯めた一部をライカのデジカメで見せてくれた。

パソコンにつなげた瞬間に展開されたその画像達。
私はその不思議な光景に見入ってしまった。

「これは・・・?どこなの・・・?」

暗い酒場・・・
安っぽい店内の装飾・・・
男か女かわからない人たちの歓声が聞こえるような笑った顔、顔・・・
あるいはタバコの煙の漂う中でじっと何かを見据えてうつろな表情をしている中年の男達。
きれいとは言えない濃い化粧をした人たちが映し出されていた。

「・・・もしかして二丁目??」
「うん。面白い街だよ。まったく」

まさかゲイの街 新宿二丁目を彼が撮っていたなんて!

「ドンキホーテにたどり着いた時にすごく面白くて、翌日もまたその翌日も新宿をうろうろしてたんだ。そしたらこの不思議な空間にたどり着いて・・・」
「カメラは持ってたけど何度もそこに通ってさぁ・・・日本語わからない俺が毎日顔見せるもんだからもう最初は・・・」

私はげらげら笑ってしまった。

「おかしい!それ!あなた、ゲイだって思われたでしょう??!!!」

「そう・・・日本語まったくわからないのにみんな俺のまわりに集まってきた」

私はもうおなかを抱えてしばらく笑い続けた。

「俺、必死でカメラ見せて、カメラマンです。撮らせてもらえませんか?って英語で言った」
「そしたらね」

うん、うん、と私はその話が面白くて彼と頭をつき合わせてPCの画面を見つめた。

「そのお店のマスターが・・・いや、ママと言うべきか?その人が英語しゃべれて、なんと、昔 英語の先生やってたらしくて。彼が・・・いや、彼女か???・・・その人がみんなに説明してくれて、好きなように撮っていいって言ってくれたんだ」

「へぇ・・・」

新宿二丁目・・・
セクシャルマイノリティ・・・
昔に比べてゲイ(オカマ?)というカテゴリーに属する人達は表面上は市民権を得たように思う。
芸能界の中でもキワモノとしての存在・・・その印象はあっても確かに自分のそういった嗜好?を主張する人がいても特にめずらしいとは思わなくなった。
そういった風潮の中で、昔のように隔離された特別な空間、二丁目に集まる必要はなくなったようなことを聞いたこともある。
そしてその街はさびれ、年老いたゲイたちが唯一同じ仲間として、世間とは混じることのできなかった特異な人たちとして集う哀しげな街として、その一端を彼の画像は写し出していた。

ゲイの街・・・それ自体は特に目新しいテーマではないのに、彼が切り取るその一瞬は、取り残された街、新宿二丁目をリアルに写し出していた。
多くはモノクロ写真だったが、化粧の厚い彼らの嬌声が聞こえてくるようだった。

彼の撮るカメラに特に緊張した感じもなく、レンズに向かって媚を売る人や年老いたママと人生相談してるかのようなオカマの男たち。
泣いている人もいた。
みんなで大いに盛り上がって歌ってる化粧の濃い人達の画像もあった。
いつも思うのだが、彼がこうやってまったく構えたところのない素の表情を捉えるためにどれだけの時間を費やしたのだろう。

つい先日、H出版に出向いたときのことを私は思い出していた。
エレベーターの中で写真集出版の責任者の村井さんと話をすることがあった。

「写真集・・・H出版から初ですね?」
彼はこれから会議があるらしく、レジュメを確認する手を止めて私に言った。

「そうなんですよ。いや、ここだけの話、LBHは僕自身がファンでね~。過去の写真集、たった二冊なんだけど、ほんとにいいんですよ。ファインダー越しに見つめる目が優しくてね・・・動物写真より癒されますよ。本当に」

「僕が気に行ってるのはそこだけじゃなくてね。彼の撮る写真はまさにドキュメンタリー性に満ちてて・・・彼が新参のうちの依頼、受けてくれるとは思わなかったからほんと、ラッキーでしたよ。けっこう彼、忙しいみたいだし」

村井さんは嬉しそうにそう言った。

私は彼がLBHという名前で、将来を嘱望されている写真家なのは悠香の話で聞いていた直後だったので、私ははっきりそれを担当者の口から確認できたことに改めて写真家としての彼の存在を認識させられた。
村井さんがそのLBHと私が一緒に暮らしていることを知っているのかどうかはわからなかったがとにかく彼のことを話し始めたら止まらない様子だったことを思い出した。

「はぁぁぁ・・・これ、すごく面白~い!よく撮ったね~」

すると彼は二丁目の店をいくつも回ったらしく何枚もの店の名刺を見せてくれた。

「いろんなお仲間ができちゃったよ」

くすくす笑いながら名刺を広げる彼に私もつられて笑った。

彼は話を続けた。

「この街の不思議なところはこういった店も多いけど、神社も多くてね」

そう言って画像を次々に送ると小さな神社の写真を見せてくれる。

「俺がよく撮ってたこの店のママも店を開ける前に毎日お参りしてるって言ってた」

何枚かの画像にはお参りする誰かの後姿もあった。
男性同士で並んでお参りしている画像もあった。

「この人たち・・・何を祈ってるんだろうって思った・・・」

彼はその写真を見せながら、気に入っている一枚だと私に言った。
私は、おそらくおびただしい枚数の写真の中のほんの一部、それもライカのデジカメで撮ったものを見せてもらったけれど、それだけで、村井さんの言っていたことがよくわかった。
彼は確かに人をよく見ている。
あえて淡々とその場を捉えているようで、それらの写真を何枚も見ているうちに、それぞれの被写体のつぶやきや嘆きが聞こえてくるようだった。
昼過ぎ、いえ、夕方近くに彼が私の家を出て、朝方に帰ってきたのはこういう場所を選んだせいだったんだ・・・

私は彼の撮った写真を見せてもらいながら 彼が時間をかけるのにはその理由があることを知った。
ただのSTRANGERとして撮った新鮮な目・・・だけではなく、その街や人を知り、馴染んで、被写体と何かを通じ合わせて撮っている。

私は彼が私の家に仮住まいすることに同意したのは、単に便利さやSEXだけじゃない
、あくまでも自分の仕事を成就させるために必要だったことなのだろうか?と思った。
もし私じゃなく、他のだれかが彼に声をかけてもきっと彼はそれに応じて、三ヶ月を過ごしたに違いない。

(私ったら・・・自信がないの・・・?)

彼と三ヶ月暮らして、彼の性格を知っているくせに、こんなうがった?見方しかできなくなってる自分に気づくと私は黙ってしまった。
それが正しいとしても、彼が私を選んだのはオスとしての感覚であってほしかったのだ。
彼は謙虚に、私とは違って自分を隠すことはなく、けして饒舌ではなかったけれどごく自然に、誠実に私に接してくれた。
おそらくこの二丁目の人たちにも同じように彼は接していたのだろうと思った。
彼の生まれつきのそういった素直さが急に息苦しくなった。

写真家としての彼の仕事の質の高さを尊敬し、それ以前に彼という人間にも愛情とは少しちがった思いが私の心を占領しはじめていることを知った。

「どうした?ぼーっとして。何 考えてるの?」

彼は私の顎を指でそっと掴んで自分の方に向かせると顔を近づけてそう言った。
そして私の顔を覗き込んだ。

「あ・・・ごめん。もうすぐ次の仕事ね・・・」

「ああ・・・」

「ごめんね。三ヶ月すごく楽しかったからなんかしてあげたいけど何もできなくて」

そう言う私に彼は首を振って言う。

「いや。俺こそありがとう。素敵な三ヶ月だった」

私はそういう彼をじっと見つめた。

「モンゴルにはどれくらいいるの?」

「う~ん・・・わからない。でも長いと思う。今までよりもずっと」
「そうなの・・・」

東京での仕事を終え、彼はまた別の国に行く。
そしてそれが終わったら多分、また別の国に・・・
依頼があればどこにでも行くと言っていた彼の言葉を思い出した。

(ありがとう・・・って言わなきゃ・・・)

そう考えていた私に彼はゆっくり顔を近づけてそっとキスをした。
そして私たちはまたベッドで残り少ない日々を惜しむように体を重ねた。

いったいこの三ヶ月の間 私たちは何度SEXをしたのだろう。
初めて会った時の夜にわたしが彼をベッドに誘ってから、私たちは一緒に暮らし、何度もSEXをした。
必要があれば私は彼に避妊の合図を送り、彼は私の言うとおりに従ってくれた。
高揚した気分を壊してしまいそうなその瞬間も今は私たちにとってはひとつも不自然な感覚はなかった。

私はその日 どうして自分が感傷的になっていたのかが不思議だった。
写真家としての彼の実力に対しての嫉妬や、思いもかけないほどふんわりとした日々が終わってしまうことの残念な気持ちやそれ以外に・・・?

彼を好きになったのかもしれない・・・

最初から期間限定と決めて彼と暮らし始めたのに彼のいなくなったこの部屋を想像することが少し怖いと思う。
でも、私はもうあとわずかで次の仕事に向かう彼を困らせたり、自分の仕事に手がつかなくなるようなことだけはできないと思った。

一日、また一日と過ぎて行き、私はいつものように家で小説を書き、彼はほとんど毎日H出版に出かけ、今回撮った写真の中でどれを採用するのかを詰めているようだった。
楽しい作業だったらしく、帰宅すると鼻歌まじりで夕食を作ってくれている。
モンゴルに行く前に一度韓国に久しぶりに戻り、家族に会うのが楽しみだと言っていた。
私は、彼が二丁目の写真を見せてくれた時の感傷的な気分になんとか折り合いをつけて、普段どおりの忙しい日々を送っていた。

明日、彼が私の家を出て行くと言う日、今日一日くらいは彼と一緒に朝からすごしたかったが、私は このひどい頭痛のクスリをもらいに行くためにいつもの病院に行く予定が入っていた。
以前 友人達とのPホテルでの会合で悠香に言われた通り、婦人科系の検査も済んでいて、その結果を聞きに行かなければならなかったため、私は彼に謝って家を出た。

「ほんとに最後の日までごめんね。薬をもらったらすぐに帰ってくるから」

「気にしなくていい。今日は荷物の整理するからずっと家にいる。気をつけて」

そう言ってくれた彼に見送られて私は主治医のいる隣町の病院に電車で向かった。

最近は仕事の締め切りが近づくとロキソニンでは頭痛は治まらず、ボルタレンを飲んでいるのだが、それも切れていた。

二時間も待たされてやっと自分の名前が呼ばれると主治医が私の顔をちらっと見て言った。

「まだ頭痛ひどい?」

「もう・・・先生!なんとかしてくださいよ。仕事が忙しいのにこの頭痛!!私 かなり我慢強いけど、ここんとこまたひどくて・・・」

そうか・・・それは困ったな・・・と言いながら検査の結果をじっと見ていた。

「先生・・・私、どこか異常ありました?」
私はその間に耐え切れなくていらいらしながら聞いた。

主治医は私の方を振り向いて言った。

「いや・・・ひとつも悪いところはなかった」

私はそれを聞いて大きくため息をついた。

「脳みそは相変わらず問題なし!」
「それだけじゃなくてね」
「君の生殖機能、抜群だったよ!」

「はぁ?」

「婦人科系の検査だけど、X線、CT、卵管造影、骨密度から君の言うとおり全部チェックしたけどまったく異常なかった・・・それどころか」

そして数字の羅列されたリストを見せてくれた。

「ほら・・・この完璧な数値!!いや~100点満点!!」
「ねぇ君、結婚してたっけ?」

「いえ・・・独身です」

「そうか~。あのね。君!ほんと、今のうちに結婚して子供作ったほうがいいよ!!」

「ほんとにすすめるよ」

「かわいい子供、君もほしいだろう?」

「結婚して、すぐに子供作ったらいいよ。案外妊娠したら、その頭痛治っちゃうかもな」

主治医のその軽い言葉を聞きながら私は診察室を出た。

「子供ね・・・」

さっき主治医に太鼓判を押されたその言葉をくすくす思い出しながら病院の廊下を歩いていた。
産婦人科の待合室の前を通ると、おなかの大きい妊婦さんたちが診察の順番を待っている。
外来の中でも一種独特な幸せな雰囲気を醸し出している彼女たちをなぜかじっとみつめながら歩いた。

「子供か・・・」

私は小さくつぶやいた。
私はこれでも子供は好きだ。
悠香や美奈のところにみんなで遊びに行ったときもなぜか私はいつも子供達に好かれてずっと相手をさせられた。
でも・・・いつか結婚することがあったとしても・・・子供のいる風景を現実的に想像したことさえなかった。

なのに、胸がざわついているのはどうしてだろう?
主治医の言葉はなんの変哲もない言葉なのに、動揺しはじめている私に自分でも驚いた。

薬をもらい、病院を出ると、駅に向かう途中にある本屋に寄った。
店頭に平積みされている赤ちゃん雑誌・・・
今まで一度も見たことのないそれらの雑誌を手にした。
幸せそうなママたちの顔・・・
生まれたばかりの赤ん坊のまっかな顔・・・
そして次のページをめくったとき、おっぱいの飲ませ方が写真付きで説明されていて
ふくよかな乳房にむしゃぶりつく赤ん坊の写真が何枚かあった。
赤ん坊は口元だけで吸っているわけではなく乳首全体を覆うようにくわえ込んでいる。
その瞬間 自分の胸が痛くなった。

(赤ん坊にお乳を与えるのってどんな感じなんだろう・・・)

私は今まで一度も考えたこともなかったことに囚われ始めた。

(妊娠するってどんな感じなんだろう・・・)
(子供がおなかの中で動く・・・って・・・??)

私はまさにホルモン的な欲求とでも言うのか、現実離れしたその世界に一人で浸っていた。
何冊かのそういった種類の雑誌を読みながら、母親が赤ん坊を育てる幸せな光景を見つめ続けた。
どうしてそういう気持ちになったのか反芻することを置き去りにして、私は自分の胸や子宮がうずいて、得体の知れないエイリアンのような物体が自分の子宮に宿り、私を支配する・・・
そして子宮の中で動いて生きていることを主張し、出産して、待っていたかのように私の乳房に吸い付く・・・
まるで野生のメスが妊娠し、子供を生んで、理屈ではなく、ただDNAに組み込まれた作業として、本能のまま母乳を与え子育てをする・・・そういう感覚を想像した。
囚われ始めたそういった思いは自宅に向かう電車の中でも私を離さなかった。

帰宅したとき、彼が心配そうに出迎えてくれた。
昼過ぎには帰る、と伝えてあったのに家に着いたのは3時すぎだったのだから当然だったろう。
彼は私が疲れているように見えたのか、私をしきりに心配して言った。

「大丈夫?病院はどうだった?」

私はその時ぼーっと考え込んでいて、彼のその問いかけに何も答えずうなずいた。
そしてはっとして言い直した。

「あ!ごめんなさい。全然大丈夫。こんなひどい頭痛なのに相変わらず異常なし。太鼓判押された」

そういって元気に答える私を見てほっと安心したように言った。

「よかった・・・帰りが遅いから心配したよ」
「ごめんなさい・・・病院がすごく混んでて・・・」
「うん。そうだと思った」

彼は明日、この家を出て行くというのに、私はこれから締め切りを抱えて仕事をしなければならないことを彼に詫びた。

前もって仕事を少し調整すればよかった・・・

それでも彼は最後の夕食を一緒に過ごせて嬉しい、と言ってくれた。
そして二人で外に食べに出かけることを私が提案すると彼は首を振って私の仕事を片付けるように、とわざと命令口調で言った。

実際に締め切りが迫っていた私は彼がそう言ってくれたことがとても有難かったけれど
本当のところは私の心の中は今日 主治医に言われた一言に脳内が占領され、私は冷静になるために何度も大きくため息をついた。
そして洗い物をしている彼の背中をみつめた。

(子供か・・・)

そう言って私はふっと笑った。

居間のPCに向かって連載の続きを書き始めた私の耳に彼の鼻歌が聞えて来た。
彼はよく韓国のポップスを歌っていたが、今日も耳慣れたラブバラードを口ずさんでいる。
サビのところで彼は悦に入って少し声が大きくなるのを聞くたびにいつも笑いをかみ殺した。
私が我慢できずに吹き出してしまったのが聞こえたらしく彼が私の方を振り向いた。

「今 笑っただろ?」

「え?笑ってない笑ってない!」

「なんだか俺・・・さっきから君の視線をすごく感じてるんだけど気のせいか?」

私は彼に言われてはっとして急にまじめな顔でPCに向かい始めた。

「・・・病院でなんかあった?さっきから考え込んでることが多いね」

彼はいつも私の心の中を見透かすようにこういう言葉をよくつぶやく。
それに今日の彼はいつもと違って少し饒舌だった。

「ごめんごめん!今回の締め切り、うまく書けなくて・・・!先生には検査、太鼓判押されて、仕事しまくっても大丈夫って言われたのにね」

そうか?と彼は私を少し見つめると彼の荷物が置いてある部屋に行った。
私は心の中につきまとうことを振り切りようにパソコンに向かった。
しばらくすると彼が手に四つ切のサイズの写真を手に持って居間に来た。

私がキーボードを叩いている場所から少し離れてそれをみつめている。
私がちらっと彼を見ると彼がほほ笑みながらその写真を見せてくれた。

「ごめん。今日は君の仕事を邪魔してばかりだな」
「君にこれを渡そうと思ってて」

その写真はローライフレックスで撮った私のポートレートだった。
カメラ目線ではなく、パソコンに向かってまじめに仕事をしている私の写真・・・
唇に少しほほ笑みを浮かべながら、目は真剣にパソコンを見つめている。
パソコンのまわりには資料として使った本が数冊、頭痛薬、何枚かのCDやガムやチョコレートが雑然と置かれているのまでリアルに写し出している。

「やだ~これ散らかってるのバレバレじゃない!」

彼はその写真を持つ私のすぐ隣に来て言った。

「でも・・・これが君だよ。この表情が。すごくいい顔してるだろう?」

彼はそう言いながらじっとその写真を見詰めていた。

「仕事が好きで、しかもいつも真剣だ。」
「悶絶しながらあーでもない、こーでもないって考え込んでるときの顔も何度も見たけど、この瞬間は君自身がきっと満足できた瞬間なんだと思う。まじめに一生懸命仕事している君の素敵な顔だと思う。」

そう言って私を見た。

「形見のローライフレックスはよく、こういう絶妙な瞬間を撮ってくれるんだ」

彼は満足そうにそう言った。
彼の言葉を聞きながら私はじっとそのポートレートを何も言わずに見つめていた。

私の中に溜まっていた何かがはじけた。
黙ったまま私は彼の方に体を向きなおすと、彼の二の腕のあたりを掴んで体を密着させ、唇を求めた。
そして激しくキスを繰り返しながら彼の中心に手を伸ばした。


☆ゲイに関することを少し書いてますが、特に偏見はない・・・つもりです。
新宿二丁目に関しても詳細に調べたわけではありません。
そういったことで誤解を生じるような表現がありましたら私自身の許容範囲で訂正させて
いただきます。m(__)m
Commented at 2009-02-08 11:36 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
名前
URL
削除用パスワード
by juno0712 | 2009-01-12 19:06 | 創作・HOME | Comments(1)