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告白2

告白その2


キム・ジウンは次回作の打ち合わせでパリに来ていた。
CD空港に到着したのが午後2時。
4時からの打ち合わせのため、ジウンは指定されていた場所、パリの事務所に出向いた。
打ち合わせが長引くことも想定されたため、同行したビョンホンに好きなように時間を潰していいと伝え、事務所の近く、オペラ座の近くで別れた。

別れ際、ビョンホンは少し心細そうな顔をしたように見えた。
「撮影で来たことのあるパリの裏町をちょっと歩いてみる」と言っていた。


長い打ち合わせが終わった。
ホテルまでのタクシーに乗るとジウンは携帯電話を取り出した。
案の定ビョンホンからメールが入っている。

「疲れました。これからホテルに帰って寝ます。キーはフロントに預けておきます。俺を起こさないで下さい。」

ジウンはそのメールを読んでぷっと小さく笑った。

メールをジウンに送信した時間は17時20分。

時差のせいもあるだろうが、一人よりもいつも複数で行動して、お膳立てのしてある旅に慣れている彼が、一人でどうやって時間を潰していたのか・・・
外国に来ている開放感も一人ではきっと飽きてしまってどうせどこかのカフェでぼんやり過ごしていたんじゃないのか?
そう考えるだけでいとおしくて笑みがこぼれる。

(ゆっくり寝てろ。今日の夜の為に。)

ジウンはタクシーの中から、まだ完全に帳の下りていないパリの夜景を見ながらそう思った。
ホテルに着くとフロントでカードキーを受け取る。
ビョンホンの希望をすべて取り入れて部屋はスウイートルームにし、キングサイズのダブルベッドを手配してあった。

華美なホテルではなく、モダンでシックなそのホテルは、実はチョン・ウソンと来たことがある。
今回のカンヌ映画祭のあとにコーディネーターが用意してくれたホテルだった。
もちろんウソンとは別々の部屋だったが、その部屋のインテリアのセンス、上質なサービスが気に入って、いつかビョンホンと一緒にパリに来ることがあったらこのホテルに泊まろうと思ったのだった。

2507号室。

部屋に入る前に、ジウンは一瞬考えた。

(ピョホナ。今日は俺の思いを全部伝える。言葉だけじゃなく、体でも。)
(いつもの三枚目の俺は封印だ。)
(覚悟しとけよ・・・)

カードキーを差し入れて静かにドアを開けた。
少し進むと リビングスペースがあり、そのテーブルの上にビョンホンの黒いバッグ、デジカメ、マルシェで買ったのか?紙袋に入っている食べかけの葡萄、それらが無造作に置いてあった。
灰皿には二本のタバコの吸殻。

その右側に寝室のドアがあり、ジウンはそっとそのドアを開ける。
空調の効いたその寝室でベッドサイドの小さなあかりをつけたまま、ビョンホンは大きなベッドの真ん中ですやすやと寝息を立てていた。

ジウンはベッドの横に回って彼の寝顔をまじまじとみつめた。
アバクロの濃紺のTシャツから覗くたくましい二の腕。
キャメルのチノクロスのハーフパンツから伸びた左右の下肢を無造作に重ねて顔を横にして熟睡していた。
ベッドの脇にソックスがあっちこっちに脱ぎ捨てられているのが笑える。
顔を覗き込むとビョンホンは軽くイビキをかいていた。

(疲れたんだな)
(シャワーも浴びないで寝ちゃったか・・・)
(・・・このWベッド見て・・・お前 どう思った?)

無防備な彼の寝顔を見ながらジウンは笑みがこぼれてどうしようもなかった。

「うう・・・ん・・・」
ジウンが冷たくなった彼の足を触り、毛布をかけてあげようと彼の体をそっと動かそうとしたときにビョンホンが目を覚ました。

「悪いな!起こしたか?」

ビョンホンは薄暗い部屋の中でベッドの側に立つジウンを見るとねぼこまなこで
「俺、どれくらい寝てました?今 何時ですか?」と言った。

「もうすぐ 9時だ」
「メシ 食ってないだろ?食べに行くか?それとも面倒ならルームサービス頼むか?」

疲れた顔をしたビョンホンの顔を見て、ジウンは彼の返事を聞く前にルームサービスを頼むために寝室からオーダーをした。
ゆっくりとビョンホンはベッドから体を起こすと大きく伸びをした。

「監督。ワインだけは仕入れて来ましたよ。けっこういいのが手に入ったんで。」
その言葉に嬉しくなってジウンは、ビョンホンを放置した時間の分、ちゃんと「借り」を返そうと思った。

リビングスペースの低めのテーブルに先ほど届いたローストビーフのサンドイッチとチーズ、数種の野菜にアンチョビのディップが並んでいる。

シャワーをあびてさっぱりとしたビョンホンは上機嫌で備え付けの冷蔵庫からワインを取り出した。
石鹸の香りをプンプンさせてビョンホンはバスローブをゆったりとはおってジウンの前に腰を下ろす。
ジウンはその胸元から覗く赤銅色の厚い胸板をみつめ、ドキッとした。

「へぇ・・・お前の好きな赤ワインね。ワイン探してパリをうろついていたのか?」
「退屈だっただろ?他に何してた?」

ビョンホンはおなかがすいているのか目の前のサンドイッチをぱくぱく口に運び、ジウンの注いでくれたワインを飲んでいる。
口の中いっぱいにサンドイッチを詰め込んだまま、ビョンホンは言った。

「たまたま、ワインの専門店をみつけて、ラベル見てたら、英語ですっごく親切に教えてくれた女の子がいて・・・」

ワインを飲むビョンホン。
もちろんジウンの目の奥が鈍く光っていることに気づいていない。

「その子、フランス人なんだけど、ジョルジェットとか言ってたな。26歳で」
「赤ワインで、おいしいのはこれとこれって・・・」
「けっこう それがきれいな子で・・・」
「それでね。俺がMERCI。ってその子に伝えたら・・・聞いてくれます?」
「彼女、一緒にそのワイン飲みたい、って言うんですよ~」
「いや~参った」

ジウンは黙って聞いている。

「どこのホテルに泊まってる?とか あなたはどこの国の人?とか なんか俺のこと気に入ったみたいで、目が素敵とか、そうそう、Tシャツの胸まで触られちゃって!このローストビーフうまいな・・・あ!ワイン お願いします」

ジウンの頭の中で何かがプチっと切れる音がする。

(ピョホナ、お前、俺とパリに何しに来たと思ってる)
(思い知らせてやる)

「そうそう、監督、今日の打ち合わせどうでした?」
二人分のローストビーフサンドをほとんど平らげてビョンホンはアーティチョークにディップをつけながら、邪気の無い顔でそうジウンに尋ねた。

「ああ 先方のプロデューサーもいて、シナリオを詰めて、撮影計画をざっと話して、キャスティングの話もしたし・・・」
「今日のメンツの中に『甘い人生』を絶賛してた男がいたな」
ジウンは淡々と答えた。

ビョンホンは「へぇ・・」とワインを飲みながら聞いている。

「そいつに『甘い人生』のソヌを演った男が今回の旅に同行してるって言ったらぜひ会わせてくれって言われたよ」

「ほんとですか?え・・・?じゃ いつですか?明日?」
興味深そうにビョンホンの目が光る。

「断ったよ」
「ええ?なんで?」

「そいつは仕事上の絡みでお前に興味があるって言ったわけじゃない。」
「男として興味を持ってた」
「俺にはわかる」
「しかも、今回の旅行は一週間の予定がお前の都合でたった4泊になった」
「その初日が打ち合わせ。つまりあと3日しか自由がないだろ」

淡々と、しかしビョンホンの目をじっと見据えてジウンは言う。
「その貴重な3日、これ以上、俺たちの中に第三者が入るなんてごめんだね」

さっき寝室で見たジウンの柔和な顔はなく、射る様に彼をみつめている。

「監督・・・ま、まぁこれから3日もあることだし・・・」

ジウンはその言葉をさえぎるように話を続けた。

「そいつがな・・・帰り際、ソヌをやった俳優は君の恋人か?って聞いたんだ」
「もちろん!って答えてやったさ」

ビョンホンはそれに対してどういう反応をしていいのか困ったような顔をした。

しばらく気まずい沈黙が続くと、ビョンホンはチーズをボードの上で小さく切ってそのナイフの先に刺すとそのまま口に頬りこんだ。

「うまいな・・・このチーズ、監督もどうです?」

ワインを飲みながらジウンは何も言わずにじっとビョンホンをみつめていた。

ビョンホンは観念したように言った。

「監督・・・監督の気持ちはわかってます」
「でも、正直に言って、その・・・男同士の・・・ってのは経験もないし・・・」
「今まで考えたこともなかったから」

「お前、女しか経験ないのか?」

「当たり前ですよ!」

「当たり前?」

「じゃ、男同士ってのはアブノーマルか?」

「い、いえ・・・そういう意味じゃなくて・・・」

「お前、今まで気づかなかっただけなんじゃないか?」
「お前のまわりの男で、きっとお前を俺みたいに特別な気持ちを持ってた奴がいたと思う」

ジウンにそう言われてビョンホンは友人、知人の顔をざっと思い浮かべた。
誰か、自分に友人以上の感情を持っていた奴???
誰も思い浮かべることはできなかった。

「俺と寝るのはいやか?」

「俺はお前と寝たい。ずっと前からそう思ってた」

「監督・・・」

(マジかよ!?)
(そりゃぁ、Wベッドを用意してくれって言ったけど)
(待てよ・・・今更 ザコ寝しましょうって言って納得してもらえんのか?)
(監督のこと、好きだよ。俺だって・・・)
(でも・・・それとこれとは・・・)

ビョンホンは久々の愛の告白、それも女性ではなく、男からのストレートな告白に、
わかってはいたのにこのマジなシーンをどう切り抜ければいいのか動揺してしまった。

「その・・・さっきも言ったけど、俺 どうやったらいいのかわからないし・・・」

「大丈夫だ。俺の言うとおりにしてくれればいいよ」
「俺の演出の通りに動いてくれればいい」

演出・・・そう聞くとビョンホンは撮影中のジウンの演出が執拗で完璧主義なことを思い浮かべた。

ジウンが言った。

「演出と言っても演技してもらっちゃ困るんだ。」
「本気でやってもらわないとな・・・」

タバコの煙を口から吐きながらジウンはビョンホンにそう言った。



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by juno0712 | 2008-09-15 02:07 | 創作・告白 | Comments(0)